小学時代の「はだか・はだし教育」という謎の健康教育・・・・・・・

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投稿者:まひろ さん(女性・30代)

タイトル:学校生活の思い出

私の通っていた小学校には、「はだか・はだし教育」というのがありました。
当時の卒業アルバムやお便り・健康の記録(母が保存していたもの)を見返しながら、私は今さらながら驚きます。

「ああ…なんて無防備な…!」

いやもう本当にね! だって服着てないんですよ! はだかですよ!? 当時は、あまり気にしていなかったのですが、大人になった今でこそ思います。
一体どういうことだったのかしら……と首をひねるばかりです。

そんな学校で六年間を過ごした女性として、当時の思い出をつらつらと書き連ねていきます。

「はだか・はだし教育」とは、文字通り「はだか・はだし」になることを推奨する教育のことです。
どうしてそんなことをしたかというと、もちろん理由があります。

というのも、私の通っていた小学校は健康教育に力を入れていました。
その目的は、生徒一人一人の体力の向上及びかぜ予防、並びに健全な身体の育成にあるからです。

つまり「病気にならないようにしよう」「元気に運動できるようにしよう」ということです。
この理念のもとに、早朝マラソン 、はだし生活、乾布まさつ 、はだか体育などが健康教育として実践されていました。

私が小学校に通っていたのは、平成一桁の頃です。
過疎地域の極小規模校だったため、生徒は常に10人前後でした。
卒業アルバムによると私が卒業した年度では、全校生徒が10人 (1年生 女1)、(2年生 男1)、(3年生 女1)、(4年生 男1女2)、(5年 男1女1)、(6年 女2)。
先生は5人 (校長、教頭、教諭 2、養護)。

そのため、各学年混合の複式学級という方式で、担任の先生もずっと同じ方でした。
だからなのか、非常にアットホームな雰囲気だったような気がします。
また、先生たちは、みんな優しく親切だったので、私を含め、生徒たちもみんな先生たちを信頼して懐いていたと思います。

ところで、なぜはだかにする必要があったのか?という疑問については、当時の私は気にも留めていませんでした。
しかし今考えると、「病気にならないようにするため」「運動しやすいようにするため」「健康になるために」という目的があったとはいえ、それは少々やりすぎなのではないかと思えます。

何しろ低学年のころならまだしも、第二次性徴を迎える年齢である高学年の女子であれば胸のふくらみが目立ってきます。

それと、この学校にはどういうわけか、発育の良い子が多かった記憶があります。
女子なら3年生の冬くらいになると胸のふくらみがはっきりと認識できるくらいに成長している子が多かったと思います。

「はだか・はだし教育」には、胸の大小なんて関係ありません。
第二次性徴の有無による配慮のようなものは全くなく(まったくないわけではないのですが…)、どんなに胸の大きな女子でも上半身裸にさせられていました。

そんな状態ではありましたが、小さな学校ということとアットホームな雰囲気のためか、そこまで嫌がっている子もいませんでした。
私自身も小学校6年生の時に胸囲は80cmを超えていたので、しっかりとした膨らみが認識できるレベルには発育していたと思います。

それもでも当時は、特に恥ずかしさというものはあまり感じなかったように記憶しています。
さすがに縄跳びの授業は嫌でしたが…(笑)。
ちなみにこの学校には制服がありました。
夏服は半袖ブラウスに紺色のスカートです。
冬服は、そこに学校指定のブレザーを着用となっていました。

ここからは、実際の生活内容について書いていきますね。

朝登校するとまず早朝マラソンから始まります。
校庭を上半身裸・はだしになって10周走るというものです。
これは冬でも夏でも関係なく毎日行われました。

7時半に学校に登校すると養護教諭による簡単な健康観察があります。
健康状態に問題がない(かぜをひいたりする子はほとんどいなかったと思います。

あと、女子で生理中の場合も欠席することを許されました)とわかると、すぐに制服から体操服へ着替えさせられます。
体操服に着替えるといっても、早朝マラソンは上半身裸で行うことになっているため、私を含む女子達は制服のスカートを脱いでブルマ姿(スカートの下に着用している)になってからブラウスと下着を脱ぐだけです。

そうして、女子はブルマ1枚、男子は短パン1枚の無防備な格好で校庭に出ていくことになります。
朝のひんやりとした空気の中、素肌に直接風を感じながらのマラソンはとても気持ち良かった記憶があります。
みんな必死で走るので、走り終わる頃には汗びっしょりになります。

マラソンが終わると次はそのままの格好で乾布まさつです。
夏(4月~10月)は冷水まさつといって水で濡れたタオルを使って体を擦ります。
冬(11月~3月)は、乾いたタオルで、ごく普通の乾布まさつを行いました。
夏の冷水まさつは比較的寒い時期も含まれていて、基本的に期間中の乾布まさつへの変更は許されていませんでした。

冬の乾布まさつと4月,10月の冷水まさつの時間は一番苦痛でした……。
寒い中、水で濡らしたタオルで体をぬぐうというのはとても辛かったですし、言うまでもなく真冬の0℃近い気温の中で行う乾布まさつはとても厳しいもので、恥ずかしいという気持ちもなんてこれっぽっちも湧いてきません。
とにかく寒い中、裸で乾布まさつをさせられている私たちは、先生の「やめっ!」という号令が待ち遠しいのです。

乾布まさつは全身くまなく行います。
腕やお腹はもちろんのこと、脇腹や太ももの裏側などもしっかりこすります。
唯一、背中部分は自分でこすることが出来ないので、背の順に一列に並んで前の人の背中を擦ってあげます。

男子の人数が少ないので、もちろん男女混合で行われます。
男子生徒たちは、年下で弟のような感覚だったので自然と恥ずかしさはありませんでした。
乾布まさつが終わると教室に戻り服を着ることが許されます。
それから制服に着替えて、1時間目の授業が始まります。

2時間目と3時間目の授業の間に「仲良し体育」という時間が設けられていました。
この「仲良し体育」も冬でも夏でも関係なく毎日行われました。
内容は、曜日や季節によって異なりますが、鉄棒やうんていなど校庭に設置してある運動器具で遊んだり、柔軟体操、縄跳びを全校生徒で行います。
体育の授業というより遊びに近いイメージです。

そしてもちろん、上半身裸・はだしになって行いました。」先生の号令があるまではずっと上半身裸のままで、みんなで仲良く体を動かしていました。
ちなみに、これとは別の時間で授業としての体育があります。
授業としての体育ももちろん上半身裸・はだしで行われます。

ただし、水泳の授業だけは、いわゆるスクール水着を着用することになっていました。
毎日行われる早朝マラソンや乾布まさつ、仲良し体育の時間で上半身裸にされていましたから、水泳の時間に女子だけが胸を覆い隠すことについて不思議で仕方なかった覚えがあります。

学校行事としては、毎年4月と10月の年2回、身体測定が行われていました。
丁度、半年に1回のペースですね。
身長、体重、座高、胸囲に加えて視力、聴力などを測られました。
あとは、定期的に保健室での健康相談も行われていました。

身体測定の日は、早朝マラソンと乾布まさつが終わると女子はブルマ、男子は短パンを脱いでパ
ンツ一枚になってから保健室に向かいます。
小規模校でしたが、男女一緒に同じ場所に集まって身体測定を行うので、小さな保健室がいっぱいになってしまいます。

そのため、あらかじめ服を教室で脱いでパンツ一枚になってから保健室に移動するというルールがありました。
さすがに普段はブルマで隠されているパンツを見られてしまうのは恥ずかしさがあり、できるだけ見えないように気をつけながら移動していたように思います。

特に、女子にとっては、お尻の形とかがはっきりとわかってしまうのが恥ずかしくてたまりませんでした。
経験のない方には、「ブルマでもそう変わらないのでは?」と思うかもしれませんがパンツの外側に布が一枚あるだけで相当な安心感が芽生えるものです。

測定は5人の教員が、各々担当します。
身長を測る時は、最初に女子が呼ばれ、その後で男子の順番になっていきました。
日頃から行われている「はだか・はだし教育」のおかげで、胸を見られたりする恥ずかしさはあまりありませんでしたが、それでもやはりパンツ一枚で気をつけの姿勢で立っているのは少し恥ずかしかったです。

身体測定後は、そのままの格好で隣の会議室に移動して成長の記録写真を撮影します。
会議室の壁面に身長がわかるメモリが印刷された布が張られ、その前に立って気をつけの姿勢を取ります。
これは、姿勢のチェックと後で写真を見て自分の成長を確認するためという説明を聞いた覚えがあります。

身体測定の記録用紙である「健康の記録」には写真の貼り付けスペースが用意されていて、その部分に体を前・横・背中の3方向から撮影した写真が毎年張り付けられていくのです。
特に横方向からの写真は胸の発育状況が良く分かります。

このように私たちの小学校では、健康教育の一環として様々な取り組みが行われていました。
また、授業中に私語をしたりふざけたりするような生徒はいなかったので、先生たちは、とても教育がしやすく感じていたのではないかと思います。
今思うと、とてもいい雰囲気の学校であったことは間違いないと言えます。

通常の授業や給食・掃除などの一般的な学校活動中は、体操服や制服を着て過ごします。
上半身裸・はだしになるのはあくまでも特別な活動を行う場合だけに限られていました。

また、女子生徒は6年間ずっと上半身裸にされていたのかというとそういうわけでもありません。
6年生になると3学期の初めに性教育の授業をうけました。
6年生は、私ともう一人の女子生徒だけでしたので、女性の体についてのお話が中心になりました。

その授業では、女子にとって乳房・乳首がプライベートゾーンであり、男子の前で見せてはいけないということを学びました。
それだけでなく、異性との性行為についても詳しく学びました。

さらには、望まない妊娠や中絶といった生々しい問題にも触れ、命の大切さも教えてくれました。
先生は真剣な表情で授業してくれました。
それに、これまでの健康教育を受けてくれたことについて「ありがとう、よくがんばりましたね。2人とも健康的で美しい女性に成長しました。」と優しい声をかけてくださりました。

この授業をきっかけに、私と同級生の女子は早朝マラソンや乾布まさつ、仲良し体育の時間中に体操服の着用が許されるようになりました。
それからしばらくすると、私は普段の生活の中でも意識的に胸やお尻を見られないように注意するようになりました。
こうして、徐々に女性としての自覚が育まれていったのだと思います。

さて、ここまで書いてきたことを読んでくださった方は薄々気づいているかもしれませんが、私は「はだか・はだし教育」というものに対してまったくと言っていいほど抵抗感を持っていなかったようです。
むしろ、ちょっと楽しみにしている節があったような……。

これは何故でしょうか? おそらく、それは「はだか・はだし教育」を強制されたわけではなく、ごく自然の流れの中でそうなっていったからだと思われます。
それくらいに「はだか・はだし教育」は、当時の私たちにとって日常生活の一部になっていたのだと思います。

 

管理人の戯言(‘ω’)
ご投稿ありがとうございます<m(__)m>
昔は男女関係なく上半身裸で廊下を歩かされた記憶がありますねぇ。。
しかし写真まで撮ってたのは驚きです…。
ちゃんと廃棄してるんでしょうか?