エロばな投稿作品集(その12)

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※このエロ話は約 6 分で読めます。

こちらは当サイト(姉妹サイト含む)に投稿いただいた体験談の中で文字数などの関係で残念ながら掲載できなかった作品をまとめてご紹介するページです。※以前に投稿されたお話も溯って掲載していっております。

投稿者:みぃちゃん さん(女性・10代)
タイトル:高校時代のエロ体験談

今はJDになった私が高校3年生の時のお話。
当時、同じクラスの彼氏がいた。
私の学校は世間から見ても高い偏差値を誇る進学校で、成績さえ取っていれば授業をサボっても怒られないという感じだった。

また、私の学校の机は前方から足元が見えないようになっている珍しいタイプで、授業中の席順は完全自由型だった。
そんな利点を活かして、私と彼氏は学校でエッチな事をしていた。

例えば…
英語の授業は、クンニ攻め。
ピチャピチャ音が鳴り先生に気付かれてしまうのではないかと心配になりながらもその状況に興奮して彼氏の顔面に潮を吹きまくっていた。

国語の授業は、ピンクローター。
丸読みをする時、私の番が近づくと強度を上げて来る。
逝きそうになるのを我慢して声を震わせながら読んでいた。

日本史の授業は、確か手マン攻めだった。
彼氏の指は誰もが羨む細長いゴツゴツとした男らしい綺麗な手で、あの手で犯されたらほかの手では逝けなくなるのではないかと思うほどテクニシャン。
だから声を我慢するのに必死で寝てるフリをしていた。

数学の授業は、フェラチオ。
グポグポと生々しい音を立てながら口の中で逝かせてそのままごっくん。
粘り気が強く、量が多かったから呑み込むのが大変だった。

ここで周りに気付かれているんじゃないかと考える人がいるかと思うが、私たち以外にもエッチな事をするカップルが多く、友達同士で彼氏の舌でどれだけ我慢出来るか等を競ったりもしていたからエッチな事をしている様子を見てもそこまで抵抗がなかった。

体育の授業はほとんどサボり。
体育館倉庫でひたすらSEXしていた。
69からはじまり、正常位、バック、騎乗位、立ちバック、正常位の順でヤッていた。
私は敏感な方ですぐに潮を吹いてしまう為、2時間のSEXを終えた後の倉庫は洪水状態だったのを覚えている。

現在、彼氏とは別々の大学に通っているが関係は続いており、夜の営みを楽しんでいる。

 

投稿者:道産子 さん

母と経験した。
父は自分が8歳の時に交通事故で亡くなっていた。
兄弟はおらず、母と自分の2人、つまり母子家庭だった。

中3の夏休みの事、夜中に寝ていると下半身に物凄い快感を感じて目が覚めた。
母がフェラをしていた。
「何?えっ?何?何?」と初めての経験にビックリした。

母は「ごめんね、起こしちゃって。でもそのままにしてて」とフェラを続けていた。
そして、あまりの気持ちよさで母の口に射精してしまった。
そしてその日は黙って母は部屋から出て行った。

そんな経験は全くの初めてだったので、自分もどうしていいか解らずそのまま寝た。
次の日の朝、母はいつも通りに朝食を作って普通に接して来たので、あれは夢だった?と昨晩の事は何も聞けなかった。

それから3ヶ月ほど何も無く過ごしていたが夏休みに入ったある日、母が自分の部屋に入って来た。
「どうしたの?」と聞くと、「この前はごめんね。○○(自分)も解る年頃になったでしょ?お母さんもまだオンナなの、理解してくれって言わないけど、いけないって解ってるけど、我慢できないの」と言って泣き出した。

母は当時36歳の女盛りだった。
そして伊藤蘭に似た美人で職場でもモテていたが、自分が成人するまでは絶対に再婚しないと決めていたそう。

泣き出した母を見てどうして良いのか解らずオドオドしていた。
母が「お母さんのこと嫌いになった?」と聞いて来たが自分は黙って母をハグした。
そのハグがそれからの関係のスタートとなった。

そのハグで母は親から一人の欲求不満の熟女に変身した。
ディープなキスをして来てお互いの舌を絡ませた。
お互いに服と下着を脱がせあい、全身にキスをしまくり、初めて母の裸体を見たその日にオマンコを母に導いてもらいながら舐めた。

母は何年ぶりかの快感に涙を流しながら感じまくっていた。
母のフェラで直ぐに口の中に射精してしまったが、ビンビンのままのチンポを見た母は「凄い!元気なまま!ビンビンなのね」とまたしゃぶりついて来た。

「セックスって知ってるでしょ?お母さんが教えてあげるわ」と騎乗位になりゆっくりと沈み込んできた。
初めての感覚、口とは違う感覚、温かい、ニュルっとした感覚、締め付ける感覚、全てが快感だった。

母の中は天国の様に感じた。
「お母さん、出そう、出そう」と言うと母は「そのままいいの、出して」と。
そのまま母の中に出した。
出た後も「そのまま抜かないで」と抱きしめてきた母。
初体験の日に朝まで4回、母の中に射精した。

母は自分を出産した後に卵管狭窄という症状で不妊となったと聞いた。
自分が高校生になると、母の行動はどんどんエスカレートして行った。
学校から帰ると母がリビングのソファーの上でM字開脚でオナニーをしており「オチンチン頂戴!精子欲しいの」と言いだす様になった。

完全に”淫乱化”した熟女となっていた母を毎日、抱き続けた。
学校から帰ってからは2人とも全裸で暮らした。
夕食を作る全裸の母を後ろから挿入、風呂に一緒に入ってセックス、風呂上りに一緒にTVを観ながらお互いに触りあってフェラとクンニでそのまま中出しセックス。
寝る時も全裸で抱き合ってセックスをしてそのまま朝まで眠る生活。

全然、飽きなかった!今のAVよりも濃い性活状態だったと思う。

 

投稿者:qwerty さん(男性・40代)
タイトル:大好きな姉ちゃんにおちんちんを見られた

私には学年三つ上に当たる姉ちゃんがいます。
姉ちゃんは美人でブルマ姿も可愛いので、私は姉ちゃんの事が女の子として大好きでした。
姉ちゃんと結婚したいと思うくらいでした。

私はそんな大好きな姉ちゃんの風呂上がりにおっぱい丸出しの姿を見て嬉しくなり、姉ちゃんの乳首を触って、姉ちゃんからくすぐったそうに「エッチ!」と言われて喜んでいました。

また、姉ちゃんの股の部分を見て
「あれ、おちんちんじゃない。なんだろう。」
なんて思いながらまんこを凝視した事もあります。

姉ちゃんも私に対してとてもエッチでした。
一緒にプールに行った時に、後ろから泳いできて、私のお尻を触ってきました。
姉ちゃんはこれを何度も繰り返しました。
私は姉ちゃんにエッチな事をしたい方なのに逆にエッチな事をされてなんだか悔しかったです。

小学校低学年の頃でしたが、私がトイレに入っていたら、電球が切れて真っ暗になってしまいました。
私がその事を叫ぶと、姉ちゃんが懐中電灯を持ってきて照らしてくれました。
その時は助かったと思い、姉ちゃんにお礼を言いましたが、その後姉ちゃんは予想だにしない事をしてきました。

姉ちゃんは懐中電灯の光を私のおちんちんに当ててきたのです。
姉ちゃんは懐中電灯で照らした弟である私のおちんちんを目を大きくして凝視してきました。
私は突然の事でどうする事も出来ず、姉ちゃんにおちんちんを見られるがままでした。

それも女の子として大好きな姉ちゃんに。
私は姉ちゃんという大好きな女の子に思い切りおちんちんを見られて、恥ずかしさの余りに顔が真っ赤になり、今にも涙が出そうになりました。

何とか涙を堪えましたが、心の中では
「うわーん、姉ちゃんのエッチ!酷いよ、恥ずかしいよ!もうお婿に行けないよ!」
と滝のような涙を流しながら激しく泣き叫びました。
姉ちゃんは弟である私のおちんちんを見て物凄く嬉しそうな笑みを浮かべて喜んでいました。

それから姉ちゃんは私に頻繁にセクハラするようになり、すれ違い様にお尻を触ったり、トイレに入っている時に開けておちんちんを見たり、着替えでパンツ脱いでいるところを覗いておちんちんを見たり、色々されました。

特におしっこしているところを横から覗いて放尿中のおちんちんを見られた時は物凄く恥ずかしかったです。

そんなエッチな姉ちゃんも、中学生になっておっぱいが大きくなりブラジャーをするようになってから、私におっぱいを見せてくれたり触らせてくれたりした事もあります。
お尻やまんこも見せてくれて触らせてくれました。

姉ちゃんのまんこには毛が生え始めていました。
その代わりに私もおちんちんを見られ触られました。
姉ちゃんは私のおちんちんを勃起させて喜んでいました。

そんな姉ちゃんも今は結婚して子供もいます。
もうエッチな事も出来ませんが、今でも姉ちゃんを女として愛しています。

 


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