【涙腺崩壊】可哀想な兄に手でしてあげるようになった結果・・・・・・・・・

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※このエロ話は約 8 分で読めます。

2つ上の兄に手でしてあげるようになったのは中学2年の頃からでした。

私達は父子家庭で、古い県営アパートの狭い2DKの家に住んでいました。
父は3交代制の工場に務めながら、本当に苦労して私達を育ててくれたと思います。
父は色んなことに懸命に耐えていたと思います。
私達を捨てて、他の男の人と逃げた母の悪口を父から聞いたことはありませんでした。

なので、私と兄は小学生の頃から家の手伝いをしていました。
食器洗いや洗濯、簡単な料理まで自分達で出来ることは何でもしました。
私達は父を少しでも助けたいと思っていたし、幼いながら兄妹で力を合わせないと暮らしを守れないと思っていたからです。

兄は真面目で優しい性格ですが、内気で気の弱いところがありました。

ある日、学校から帰ると兄は自分の机に伏せて泣いていました。
私達は6畳の部屋を真ん中にカーテンで仕切って、それぞれの部屋として使っていました。

「どうしたの?」
私は兄の肩に手を置きました。
兄は机に伏せたまま、肩に置いた私の手を握りました。
「俺、悔しくって•••」

兄は好きだった人にフラれたと言いました。
その人に「貧乏っぽいから」みたいなことを言われたそうです。


「お兄ちゃん、かわいそう」
と声を掛けると兄は椅子に座ったまま体の向きを変え、私の胸に顔を埋めるようにして私を抱きしめました。
その時、いやらしい感じは全然しませんでしました。

私は兄の悔しい気持ち、悲しい気持ちがよく分かりました。
同じ環境で育っていたからです。
兄の気持ちを本当に理解出来る人は私しかいないと思いました。

私は兄の背中に手を回し、赤ん坊をあやすようにトントンと背中を軽く叩きながら言いました。
「お兄ちゃんの気持ち分かるよ」

「アユミ〜」
兄は私の名前を呼び、私の胸に手を置きました。
当時、私はクラスでも発育のいい方で、すでにCカップのブラジャーをしていました。

私はびっくりしましたが、母親になったつもりで兄の手を払うことなくそのまま胸を触らせました。
今思えばその時、兄の手を払っていたら私達の関係は普通のままでいられたかも知れません。

それから兄は父が夜勤でいない夜、私の胸を触って来るようになりました。
ある夜など、寝ている私のベッドに入って来て、パジャマの中に手を入れて、直接胸を触ってきたり、下半身まで手を伸ばすようになりました。

私は必死で抵抗しました。
兄とそういうことをしてはいけないと思っていました。
優しくて内気な兄が夜になると人が変わったようになるのが怖くてたまりませんでした。
そして兄は朝になると、また普通に朝食を作ってくれる優しい兄に戻るのでした。

その夜、兄がまた触って来ました。
「お兄ちゃん、お願い、止めて」
「アユミ、アユミ、好きだよ」
兄はしつこく触って来ました。

そしていきなり自分の下着を下げると私の手を取り、私に固くなったアレを握らせました。
私は男の人の固くなったアレをいきなり触らせられて本当に驚きました。
でも、何故かそれには抵抗できませんでした。

兄は握らせた私の手の上に自分の手を重ねて、手を上下に動かしました。
「ア、アユミ〜」
兄は私の名前を呼ぶと私の手の中に精子を出してしまいました。

私はその時ほどドキドキしたことはありませんでした。
イク時、兄のアレが私の手の中でまるで別の生き物のようにビクンビクンと動きました。
そして、ほんのり温かい、初めて見る純白の精子。
その独特の匂いもイヤではありませんでした。

イッた後、兄はまたいつもの優しい兄に戻りました。
「アユミ、ゴメン、お兄ちゃん、変なことして悪いと思っている。だけど、アユミが好きで、しちゃいけないと思いながら、どうしてもアユミに触ってしまう、本当にゴメン」
兄はうなだれていました。

私は夜になると人が変わったようになる兄を、心のどこかで可哀想な人と思っていました。
いやらしいことをして来る兄は嫌いでした。
でも、これ以上兄をエスカレートさせないためには、私が少し我慢すればいいのかも知れないと思いました。
ただ仲のいい兄妹でいたい、それだけを望んでいたのです。

私は考えて兄に言いました。
「お兄ちゃん、私に触るのはもう止めて、その代わり、手でするのは毎日でもしてあげるから」

当時、兄は高校1年、16才。
男の子で一番性欲の強い頃だったのでしょう。
ほぼ毎日、日によっては一日に2回してあげることもありました。

初めはそんなことすることにやっぱり罪悪感がありました。
でも、してあげた後の兄の満足そうな顔や優しくなる態度に私はホッとしていました。
優しい兄には私も優しい気持ちになれたからです。

正直言うと、時々私は兄にしてあげた後、隠れてオナニーしていました。
背の高い素敵な人と恋したい•••
恋人のたくましい腕でギュッとされたい•••
ロマンチックなところでキスしたい•••
その頃の私はまだ夢見がちな普通の女の子でした。

そんな思いを心に秘めながら、兄に手でしてあげる毎日が続きました。
私は高校2年になり、兄は高校卒業後、料理の専門学校に入りました。

兄は専門学校に通いながら、レストランでアルバイトも始めました。
真面目な兄はアルバイト代の殆どを家計に入れてくれました。
そして、私にも少しだけどお小遣いをくれるようになりました。

そんな兄を父は褒めました。
兄は父に褒められて上機嫌で、夢を話してくれるようになりました。
「いつか自分の店を持つんだ。評判のいい美味しい料理作って、行列が出来るようにする。アユミには一番先に食べさせてあげるよ」

私はそんな兄を頼もしく思いました。
相変わらず兄に手でしてあげていましたが、それはもう習慣というか私にとって、例えばご飯を毎日食べるように当たり前のことになっていました。

だから、兄から口でして欲しいと言われてもそれほど抵抗はありませんでした。

その頃になると私はもう夢見がちな少女ではありませんでした。
家のパソコンでシークレットウインドウを開き、女性用のアダルト無料サイトを時々見ていました。

処女でしたが、セックスに対する興味はすごく持っていました。
そのサイトで女性が男性のアレを咥えたり、舐めたりするのを観て、いつか好きになった男性から求められた時のためにと思って観ていました。

何回か口でしてあげて、兄に言いました。
「手なら毎日でもいいけど、口でしてあげるのは週末だけにして」

口でしてあげると、手でしてあげる時と違って私のアソコがすごく疼いてしまうからでした。
それを我慢するのがとても辛かったのです。
口でしてあげた後は必ず自分でオナニーして疼きを鎮めました。

さすがに兄の精子を飲むことはしませんでしたが、口の中に出されるのは大丈夫でした。
兄は私が口で受け止めて、すごく喜びました。
そして兄は更に優しくなりました。

ある夜、まだ19才、未成年の兄がお酒を飲んで帰って来ました。
先輩に誘われてほんの少しだけ飲んだと言っていました。

シャワーを浴びて兄は部屋に戻ると、私に口でして欲しいと言いました。
私は声を潜めて言いました。
「ダメ、お父さんいるから」
「大丈夫だよ。明日は朝勤だから今は熟睡してるよ」
「でも、やっぱり、ダメだよ〜」
「頼むよ、アユミ、今日は約束の週末だよ。一昨日から出してないから溜まってムズいんだよ。お願い、頼むよ」

結局、いつもより強い口調の兄に押し切れられ、口でしてあげました。
下半身だけ服を脱ぎ、ベッドに腰掛けた兄の前に跪きました。
兄のアレはもう固くなっていました。

咥えたり、舐めたりする私の髪を兄は優しく撫でました。
「アユミ〜、上手だよ」
私は兄のアレを咥えて、一生懸命に首を振りました。
いつもならもうイッている頃なのに、お酒を飲んだせいか、兄は中々イキませんでした。

そんな時、部屋のドアが突然開きました。
父が「こら〜つ」と叫びながら飛び込んで来て、私達を引き離しました。
私は尻もちをついただけでしたが、父は兄の襟元を掴み、何回も兄の頬を平手で叩きました。

「お前ってヤツは、アユミになんてことさせるんだ。アユミは妹なんだぞ、この恥知らずが」

父は兄に服を着ろと言い、私達2人を床に座らせました。
「お前達、仲のいい兄妹と思っていたが、いつからこんなことしていたんだ?」
父の声が怒りのためか震えていました。

「今日が初めてです」
兄が嘘をつきました。
「ホントか?アユミ」
私も泣きながら頷きました。

「コイツに無理やりやらされたんだな?」
私は恐怖で泣くばかりでした。

父はそんな私の態度を見て、更に兄に対して怒りが湧き上がったようで、兄を拳で殴りました。

兄は父に何も言わず、抵抗しませんでしました。
「少しは謝ったらどうなんだ」
父はそう言いながら、床に殴り飛ばした兄を何度も蹴りました。

兄は蹴られる度に呻き声をあげました。
私は父の足に飛びつきました。
「ごめんなさい、お父さん、私も悪いの、ごめんなさい、もう止めて」

父は兄を蹴るのを止めました。
「アユミは何も悪くない、妹をもて遊ぶヤツなんて、人間じゃない、お前はアユミに一生の傷をつけたんだぞ、もうこの家にいる資格はない、出て行け」

一瞬、私を悲しそうな目で見て、兄は家を飛び出して行きました。

それから兄とは音信不通になりました。
風の噂では真面目な兄はアルバイト掛け持ちしながら料理学校出て、日本料理の店で働き出したそうです。

私は高校を卒業して、父の上司の口添えもあって、小さな会社の事務員として就職することが出来ました。

兄が家を飛び出してからも、父は私には普段と変わらない態度で接してくれました。
そして元々お酒に強くない父でしたが、晩酌の量が増えて、父は少し無口になりました。
父は兄のことも懸命に耐えていたのだと思います。

私が就職して2年が過ぎ、父は57才になりました。
体調不良を訴えて病院に行き、精密検査を受けたところ、中期を過ぎた胃癌と診断されました。
転移も始まっていて、除去手術をしても完治はしない。
あと早くて半年、長くて1年と宣告されました。

私はツテを頼って、兄に電話で連絡取りました。
兄からの返事は「顔向け出来ない」の一言でした。

「もうすぐいなくなっちゃうかも知れないんだから、もう一度お父さんと会って」
「いや、顔向け出来ないのはオヤジだけじゃなくて、お前にも顔向け出来ない」
「私は何とも思ってない。お父さんに謝る最後の機会になるのよ」

電話の向こうから深いため息が聞こえました。
そして兄は「ごめん」と呟き、電話を切りました。

父には兄弟がいませんでした。
頼れる親戚もなかったので、私は入院した父を1人で看病しました。

50代の父の癌の進行は早く、4ヶ月が過ぎると痛み止めの弱いモルヒネを打つようになりました。
私は父が少しでも気分良く眠れるようにぬるま湯で温めたタオルで顔や首筋、胸や腕を拭いてあげるようにしていました。

モルヒネが効き始めたのか、朦朧とした様子の父が体を拭く私の手を取り、自分の股間に私の手を導きました。

私は下半身も拭いて欲しいのだと思い、父の前合わせの寝間着を開き、下着を少しずらして父の腿の付け根辺りをタオルで拭きました。

父のアレも見えていたので、そこもタオルで撫でるように拭いてあげました。
子供の頃、大きいと思っていた父のアレが小さく見えて、悲しい気持ちになりました。

やがて父のアレが少し固くなり、父が呻くように言いました。
「ヒロコ」
父は母の名前を呼んだのです。

私は父の生涯を思い、涙が出ました。
そして、私は父のアレを優しく手で触り、擦つてあげました。
父のアレがまた少しだけ固くなりました。

「ぅ〜」
父が小さく呻きました。
私はそのまま擦り続けました。

「ぅ〜、ヒ、ヒロコ」
父のアレの先から黄ばんだ色の精液がほんの少し出て、お腹の上にトロッと垂れました。

父はフ〜ッと息をつくとすぐに眠り始め、寝息をたてました。
私は父の汚れたお腹を拭きながら、泣きました。

ごめんなさい、お父さん•••
ありがとう、お父さん•••
許して、お父さん•••
愛してる、お父さん•••

色々な思いがとめどなく胸に溢れて、涙が止まりませんでした。

それから1ヶ月もしないうちに、父は癌の痛みに苦しみながら他界しました。
お葬式には兄も来てくれました。
「お兄ちゃん、お父さんも許してくれるよ」
「うん、うん•••」
兄の号泣する声が参列者の少ない式場にいつまでも響きました。

父が亡くなって2年後、私は職場の人と結婚しました。
中学生の頃、夢見ていたような人ではありませんが、無口で優しく、どことなく父に似ている人です。
その人は私が処女だったことをすごく喜びました。
私も兄とそういう関係にならなくて本当に良かったと思いました。

私は今でも毎日父の遺影に呟きます。
天国で安らかに過ごして下さい。
そしてどうか罪深い娘を許して下さい•••

 

管理人の戯言(´・ω・`)
ご投稿ありがとうございます<(_ _)>
泣けた・・・

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コメント
  1. 1. 名無しさんひねくれ親父  

    母親の不倫
    子供が辛い目に遭う
    娘は母親に似たのか?兄貴もだが
    娘を母親にダブらせる父親か不憫

  2. 2. 名無しさん  

    泣ける?手コキのとこで笑ったんだけど!

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