【衝撃】チンコの大きさを競い合った親戚のお兄ちゃんの末路・・・・・・・・・・・

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【体験談】誰にも理解されなかったお兄ちゃんの秘密・・・

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忘れられない人がいる。
僕はその人のことをお兄ちゃんと呼んでいた。
母方のお姉さんの子どもだから、僕にとってはいとこということになる。

お兄ちゃん(昔の呼び方で書いてみる)とは中学生までは、年に一度のペースで顔を合わせていた。
毎年夏になると群馬の実家で一族のほとんどが集まる習慣があって、僕もお兄ちゃんもそこに呼ばれていたのだ。

実家に行くと親戚付き合いが面倒くさいと言って母親は梅雨の時期あたりからいつもイライラしていたけれど、お兄ちゃんに久しぶりに会えるということで、僕は毎年のお盆休みが楽しみだった。

お兄ちゃんが親戚の中であまり良く思われていないのは、子どもながらに何となく察しがついていた。
大学を出て5年も経つというのにきまった仕事にもつかず、毎日ただふらふらと好きなことをして過ごすお兄ちゃんを母親はプータローと呼び、その頃まだ元気だったおばあちゃんはごくつぶしと呼んでいた。

おばあちゃんは普段はやさしくてユーモアのある人だったけれど、お兄ちゃんの話になるとどういうわけか暗くきびしい顔になるのだった。

親戚からはあまり好かれていなかったお兄ちゃんと僕がよく遊んでいたのは、単純に楽しかったからだ。
お兄ちゃんは遊びの天才で、一緒にいると時間があっという間に過ぎてしまう。

おばあちゃんと違ってお小遣いはくれないけれど僕の知らない遊びを次から次へと教えてくれるお兄ちゃんが僕は大好きだった。

お兄ちゃんとの遊びで一番のお気に入りをきめるとすれば、ダントツで「チンコ競争」だろう。
ルールはいたって単純。
僕とお兄ちゃんでお互いのチンコの長さを競い合うのだ。もちろん、長かったほうの勝ち。

チンコが大きくなった状態(勃起という言葉もこの頃は知らなかった)でくらべるのがルール。
だけど、これが意外に難しい。

お兄ちゃんのチンコがなかなか大きくならなくて、先っぽの皮をむいてまで必死に大きくしようとしていた時は思わず笑ってしまった。
あの時は僕の不戦勝にしてくれたっけ。

お兄ちゃんのチンコはやっぱり大きくて、立派だった。
ふつうの時でも長くて重そうなのに、手でこすって完全に大きくなると見るのがちょっとこわくなるほどだった。

黒光りして突き出しているエラの部分は特に立派で、1回だけさわらせてもらったらちょっとだけぬめっとしていた。
あれだけ立派なチンコならさぞかし何人もの女性を満足させてきたんだろうなと、大人になった今ではそう思う。

「お前もまだまだだな」
思いっきり大きくなっても豆粒ぐらいの大きさにしかならない僕のチンコを見て、お兄ちゃんはいつも楽しそうに笑うのだった。

チンコを大きくするためだったら、どんなことでもやった。
すべてはお兄ちゃんに勝つためだ。

皮を引っ張れば何とかなるんじゃないかと思って寝る前に5分間思いっきり引っ張ってみたり(ただただ痛いだけだった)、牛乳を飲めば大きくなるんじゃないかと思って朝昼晩大量の牛乳を飲みほしてみたり(お腹を下しただけだった)、とにかく思いつくかぎりのことを試してみたけれど、目に見える効果は出てこなかった。

それでも、僕にも人並みに思春期というやつがおとずれた。
小〇生のうちは目で見ただけで長さの違いがすぐにわかったけれど、中学生になると僕もさすがに成長して、メジャーで測らないと勝ち負けが判断できないようになった。

そして、中学3年の夏休み。
僕のチンコはついにお兄ちゃんをあと1センチの差というところまで追いつめたのだった。
「兄ちゃんも負けてられないなぁ」
そう言ってくやしそうに頭をボリボリとかくお兄ちゃんの苦笑いが今でも忘れられない。

あれから15年が経った。
僕もすっかり大人になって、チンコのほうも一応それなりに成長した。
今だったら、お兄ちゃんといい勝負ができるかもしれない。
けれどももう、お兄ちゃんと「チンコ競争」で遊ぶことはできない。

お兄ちゃんが中東のどこかの国に渡って性転換手術を受けたと風の噂で聞いたのは今から6年前、僕が大学を卒業した年のことだ。
つまりお兄ちゃんはもう、お兄ちゃんではないのだ。

お兄ちゃんの中で何があったのか。それは僕にもわからない。
親戚から好かれずに隅に追いやられている境遇を少しでも変えたかったのかもしれないし、もともとそっちのほうに興味があったのかもしれない。

でも、もし、「チンコ競争」で負けそうになったことがきっかけだったとしたら?
だとしたら……ちょっとだけうれしい。

 

管理人の戯言(´・ω・`)
お兄ちゃんとのチョメチョメはないのね・・・

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