【ホモ】父親に性的虐待を受けたことがきっかけで・・・・・・・・・・・・

【※画像あり】デリヘル呼んだらAV女優来たったwwwwwwwwwww

【体験談】いや、素質があったから犯されたのか・・・

投稿者男性は北海道の田舎町で生まれ、早くに母親の不倫で両親が離婚、父親に育てられることに。しかし、離婚をきっかけに父親が酒浸りになり、小さい頃から女の子のような容姿だった投稿者は父親に犯されてしまう・・・。

shemale

俺が小学校5年生の頃、母の不倫が原因で両親は離婚した。
父は仕事一筋の真面目な人間で、家庭を顧みずただひたすら働いていた。
たぶん、それが原因で母の方が寂しくなり外に目を向けてしまったんだろう。

離婚した後、父は朝からお酒を飲むようになった。
常にアルコールが回って酔っぱらっている状態だったので、当時は正常な判断ができなかったんだろう。

俺はクラスの中でも成長が遅くて、朝礼の時に前から3番目にいた。
母親に似た顔立ちをしていて体型も小柄だったので、親戚からは「女の子だったらよかったのに」とよく言われた。

小学5年のちょうど精通を迎えた頃。
俺は酔っぱらった父に女と間違えられて犯された。
あの頃は、母を意識した髪形(母はショートヘアだった)にしてたので、たぶん母と間違えて襲ってきたんだろう。

いきなり押し倒されてキスをされたかと思ったら、父はパジャマのボタンを一気に引きちぎって乳首を舐めてきた。
俺は何度も「俺だよ、雅紀(俺の名前)だよ」と言って父が正気になるのを待った。

しかし、父の暴走は止まらず母の名前を呼びながらお尻の穴を舐めてきた。
10分ぐらい舐めてからだと思ったけど、指を入れてきた後にチンポまで触ってきた。

「律子、クリトリス膨らんだな」

当時は何のことか全くわからなかったけれど、チンポとクリトリスを勘違いしていたようだ。
それから、父は俺を四つん這いにしてからお尻にチンポを挿入してきた。

「うぁぁ・・・」

痛みと言うよりお腹の中に妙な圧迫感があってすごく気持ち悪かった。
父は俺のお尻を固定してから何度も腰を動かしていた。

「父さん、やめてくれよ・・」

俺は何度も父に向かって声をかけたが、父は「律子・・律子・・」と母の名前を呼び続けてひたすら腰を振っていた。

妙な圧迫感がいつまで続くのだろうと思っていると、父は突然大きな声で「律子!!!」と呼び、俺は尻の中に温かいものを感じた。

お尻の中が違和感だらけだったのでまっすぐトイレに行くと、チンポからはネバネバした液体が溢れていて、それと似たようなものがお尻から垂れていた。

それ以来、父は俺が急成長する中学2年生まで週に3回のペースで犯し続けた。

始めはすごく嫌で犯されるたびにシャワーを浴びてから、自分のベッドの中で何度も泣いた。
肉体的に辛くて泣いたわけではなく、父親に犯された・・男の人に犯されたことによるショックが大きかった。

精通を迎えた後の初めてのエッチが父に犯されたことだったので、俺の性癖はこの体験から形成されていった。

父に犯されて俺のチンポがドロドロになるくらい精液が溢れ出て、無意識のうちに前立腺を刺激される気持ち良さを覚えていた。

父に犯されれば犯されていくほど、俺の身体は快感を覚えていった。

俺は中学2年の時から急成長し始めて、約1年間で20センチも身長が伸びた。
また、父がちょうどアルコールを断ち始めたのもこの頃だった。
父は俺のことを「男」として見るようになり、数年間続いた性的虐待はピタリと止まった。

ただ、思春期真っ盛りと言うこともあって、俺はあらゆるものに反抗していた。
お金がないのに夜のゲームセンターに出入りをして、あちこちウロウロ徘徊していると悪そうな人たちに声をかけられた。
その中でも、安原と言うちょっと強面の人は俺をすごく可愛がってくれた。

しばらくの間、俺は家に帰らないで安原さんの家を拠点にあちこち遊び歩いた。
ちなみに、この期間は学校に全く行かなかった。

安原さんとゲーセンに行ったりパチンコに行ったり、店員に「未成年だろ!」と呼び止められても安原さんが助けてくれてた。
その代わり、俺は安原さんの趣味・・俺に女装をさせてエッチすることに付き合っていた。

父に性的虐待を受けていた経験があったので、安原さんのエッチの相手をしても嫌ではなかったし、また父に犯された時と同じように気持ち良くなれた。

父は俺のアナルにチンポを入れて犯すことが専門だったのに対して、安原さんは俺にフェラをして精液を飲みたがる根っからの変態だった。

安原さんの家に泊まるようになってからは毎日のように尻を犯されて、その後に安原さんの口の中に精液を発射していた。
安原さんとの関係は1年くらい続いて、その後は紹介された怪しい裏バイトをするようになっていた。

当時、ニューハーフやゲイの人たちは世間から冷たい視線を受けていた時代だったので、彼らは自分たちの性癖をごまかしながら生きていた。
安原さんは俺を彼ら専用のデリヘルボーイとして派遣していた。

安原さんから電話を受けると仲間の人が車で現場まで連れて行ってくれた。
そして、ドアを開けて真っ暗闇の部屋に入ってから閉めると、お客に誘導されてベッドに押し倒された。

この時にほとんど目隠しをされるため相手のことは全く分からなかった。
俺のチンポをずっと舐めて満足する人もいれば、お尻の穴にローションを塗って何度も犯してくる人もいた。
俺は受け専門なので自分から何かをすることはなかった。

2時間相手をするだけで2万円貰えたから、中学生にとってはかなりおいしかった。
しかも、エッチが上手い人に当たると俺もかなり気持ち良くなって射精していた。

この頃には、受けとしての気持ち良さが俺の全身に染みついていた。

ちなみに、安原さんの家を出てからは親しくなったお客さんの家に泊まったりしていた。
お金がある時はあちこちブラブラ遊び歩いて、金がなくなったら男に体を売って稼いでいた。

しかし、中学3年生の12月になると「中学校ぐらいは卒業しないとやばいな」と思い始めた。
俺は事情を話してお世話になっていたところから出て家に帰ってみた。

すると、父が泣きながら抱きしめてくれて「生きていてくれて本当に良かった」と抱きしめながら涙を流して何度も話しかけてくれた。

その後、中学卒業まで家から学校に通った。
学校ではなぜか「ヤクザと歩いていた」と言う意味の分からない噂がたっていて(嘘ではないかもしれないw)、俺はなぜか学校で過ごしやすかった。

ちなみに、体が急成長した後にピタリと止まっていた父の性的虐待が再び始まっていた。
またお酒を飲むようになっていたし、アル中だったのかもしれないが・・・。
一体、あの父の感動の涙は何だったのだろうw

俺は中学校を卒業できたけど高校には行けなかった。
ほぼ学校に行ってなかったので学力は全くなかったし、覚えたことと言えば男性の性の捌け口になることぐらいだったw

俺が当時住んでいた場所は北海道の田舎。
田舎はすぐに噂が拡がるため、俺は同性愛者の間で有名になっていた。

そのため、いきなり知らない男性に襲われて路上裏の物陰でレイプされたり、公共施設のトイレでいきなり個室に押し込まれてフェラを強制されたりした。

15歳から16歳になる1年間に8件くらいこんな怖いことがあったから、さすがに地元にはいられないとこの時感じた。

そのため、この1年間は体を売って関東に出るためのお金を稼いだ。
せっかくなら、関東に行って自分の人生を完全にリセットして第二の出発をしたかった。

金をためていい車乗って、メチャメチャ可愛い彼女を作って、絶対にビッグになってやる!と当時は考えていた。

 

現在は21歳になります。
関東に出てから女装を覚えてさらに男性の相手をするようになりました。

俺は男性に抱かれて相手を気持ち良くしたり、お尻を提供して気持ち良くなってもらうことで愛情を感じるみたいです。

ちょっと地元で膨らませていた夢とは違う形になったけれど、今では彼氏もいるし何だかんだで幸せに暮らしています。

 

管理人の戯言(´・ω・`)
今は完全なニューハーフになっちゃったのかな?
どっちでもいいけど頑張ってください<m(__)m>

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